差延の実態は

決定論として、事前に組み込まれている「歴史の推移」を招くのであれば、アプリオリにあるものが因子として重要であり、その「歴史の推移」は再現、再認の過程に当たることになります。

多くの者が富むという意味での資本の再分配が、もろもろの立場から定義されています。これは社会主義の変化なのでしょうか。

面倒な手続きを経ないで言葉だけで説明しますと、社会主義に立脚するなら「民主主義の完成」と言うのです。

資本の再分配が、「民主主義の完成」への一過程となります。

自由主義に立脚するなら、資本の再分配は、当然の児戯に当たります。当たり前であり過ぎて、定義の介在があり得ません。

いずれの立場にあっても、当然のことだろう、当然の推移だろう、当然の権利だろうと言います。だから決定論です。

決定論に立脚してもしなくても決定論となるのが、資本の再分配なので、ここが論点の中心になっているあいだはねえ。

時は過ぎゆきます。
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