無視が生みだす「隙」の圧倒的激価値

無視。
一見マイナスイメージがあるこの行為は、実は生きるうえで超重要。
無論、何の理由もなく人を無視したりとか、そういうことではない。

基本的に、人間は何かを無視できない。

だが場合によっては、敢えて無視しなければならない瞬間や状況などもあるわけで、


例えばなんでもかんでも足突っ込んでいると途端に自分が苦しくなったり、
例えば世間の目や評価、人の意見や思惑などなどを気にしすぎて無視できないでいるとなんにもできなかったりなど、


無視できないことであらゆる障害が生まれる。


さて、


無視をすれば必ずついてまわるのが、


リスクだ。


無視とリスクは、セット。
で、ある以上、リスクからは逃げられない。

だが、リスクのないところには、必ずといっていいだろう、光が当たらないのだ。
光が当たらないから当然影もまたできない。プラスもなければマイナスもないという状態。無風。

では、無視により光が当たるとはどういうことか?

厳密にいえば光が当たる、ではなく、

光を当てる、
ことができるようになる。

それは何に対してか?
自分のしたいことに対してだ。
それはなぜか?
最初に光を当てるのは他者ではなく、そもそもまず自分が光を当てる必要があるからだ。

自分のしたいことに対して光を当てる時はそもそも自分が原動力(エンジン)にならないといけない。光を発さない限り、その光を他者は見つけられない。
ただし履き違えてはならないのが、
光を当てる時の原動力は自分だが、それを光とするか何とするかは自分ではなく他者だ。

最終は他者が決める。

だからこそ、だからこそだ。
逆に言えば、光とするか何とするかの部分は、
自分の知ったこっちゃない。どーでもいい部分なのだ。無視していい部分であり、いやもっといえば無視しなければならない部分。

僕は、大概のことを無視している。
これまでの記事やこの今書いている記事にしてもそう、あらゆる「無視」をしている。

そして無視をすると必ずできるものがある。

「隙」

である。


隙、
これは何かにつけ込んだり、踏み入ったり、死角だったり、と他方から自分への通過窓口。

この窓口がないと、

他方から自分へ何かが入り込んでこれない。

あらゆる隙をつくることで、自分のセキュリティを解除し、自分と他者(他の人や他のモノ)が相互に触れ合うことのできる面積を広げたほうがいい。



人間があらゆる無視をできないのは、
リスクを恐れた自分のセキュリティがあるからではないだろうか?


無視は超重要だ。

セキュリティだらけでは、無視がつくりあげる隙を生みだせない。

そして、隙がないと、その隙間に光も影も差し込むことができない。この状態を孤独と呼んでもいいだろう。











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