チャレンジャー2018B

チャレンジャー第3弾は外泊でした。以前の3年間の入院のときはかなり動けるようになっていたので、外泊なしで退院しました。でも今はあのときと違います。自分の意志で動かせるのは右手の親指と手首、それから首とよくしゃべる口。松葉杖で階段を登っていたあの頃とは違います。松葉杖がなければと願っていたあのとき。そして松葉杖で歩きたいと願う今。
歩くことは諦めていませんが、できないことが増えた状態で帰ることも考えなければなりません。
今回のはじめての外泊はまずJRから始まります。車で帰ることも考えましたが、母がいつも来てくれるJRを使いたかったのです。天気予報通り、寒いの一言。ごはんを食べさせるためだけにこの寒い道を行きと帰り耐えてきてくれる母には本当にありがとうとしか言えません。
車イスの介助にあたってくれるJRの職員さんが来てくれたと思ったら「これ、寒いから手に持ってなさい」とホッカイロをくれました。袋を開ける前からもうポカポカ気分。
JRにのってからちょっと遅めの朝御飯。母特製のおにぎりです。大きかったけどペロリと完食。

JRをおりると父が車で迎えに来てくれていました。姉の車が福祉車両になっていて助手席が外におりてきます。母が一人でトランスできるようになってくれたのでここはばっちり。
向かうは美容室。ずっと髪を切ってもらっていた担当の方が店を新規オープンした直後に入院して新しいお店にいけていなかったのです。LINEで車イスでいくことなど伝えていたところ、車イスのまま切ってもらえてこれまた感謝。お店もバリアフリーになっていて移動は難なく。シャンプー台への移動は母にお願いしました。
スッキリさっぱりショートヘアーの茶色!念願叶いました。

さてさて新居は…
入る前に問題が。階段が7段あるのです。
退院したら昇降機をつける予定ですが、市の補助を受けるためにはいつ退院するのかそれが決まらなければいけません。つまりはこれから何度か外泊しても昇降機のない階段が私が入るのを邪魔してくるのです。
入るためには両親で脇と膝を抱えて登るしかありません。
滑る道のなか運んでくれました。今は40キロの体重。あまり増やすわけにもいきません。
部屋のなかはバリアフリーで電動で動き回れました。廊下がせまくギリギリとおれるのが危ないところ。玄関からはバックで部屋に進みます。ここは手動で人助けが必要かなぁ?
ここで問題!手動、自動の切り替えが自分ではできません。また一人旅をしたくてもそこがクリアできないとずっと電動のままでは人の助けが借りられません。電動と手動の切り替えがわかりづらい場所にあるのもちょっと残念。
右手の動く目標のひとつとして電動車イスの操作がでてきました。
病院では当たり前に看護師さんやリハビリの先生が切り替えてくれていたので不便じゃなかったので気にしていなかった自分に反省。

4才になった甥っ子が帰ってきてからは遊び相手。でも動きたい盛り。口だけの私は物足りないようです。
ブロックでロボットを作る彼は「まーちゃんもつくって」とブロックをいっぱい持ってきます。私ができないのを不思議そうにでも諦めたのか「僕作るからまーちゃん、何つくってほしいか言って」と言ってきました。何か作ってあげたい。今できることは「車のロボット」「飛行機のロボット」「おじいちゃんロボット」と彼が夢中に作りはじめるお題を与えて喜ぶことだけでした。
姉も帰ってきて家族が揃いました。間もなくして高校時代の友人2人が訪ねてくれました。
お寿司にケーキ、大好きなコーヒーと胃がビックリするんじゃないかというメニュー。でもべろり。
高校時代の友人がくれば高校生に戻れるなんて言いますが、今回は甥っ子と同じ4才と同じテンションで遊んでた31歳。

夜は病院なら21時に寝る前の薬をいれるのに0時まで何だかんだ起きていました。
ここからが大変。レンタルしたベッドマットが思った以上に固く身体が痛くなってしまうのです。夜は喉を開放しているので、声は出ません。痛いと思っても我慢しているしかありません。母が起きてきたときに身体の向きを変えてもらったときには極楽極楽〜♪それからは何度も母が起きてくれて身体の向きを変えてくれました。感謝。
12時から6時が長い夜でした。

二日目の朝食は姉が前の日から仕込んでくれていたオニグラとサンドイッチ、サラダと桃でした。幸せな朝御飯。最近病院では朝は流動食なので本当に幸せでした。

そして今回の外泊の目的、甥っ子の保育園の発表会。4才になった甥っ子は器楽演奏と関ジャニ∞のダンス。家では照れて見せてくれませんが、本番はいかに。いってきまーすではなく、「今日が本番じゃなければいいのに」と泣いてごねて出発する甥っ子を見送って、私たちも出発。
市のホールで行われたのでバリアフリーはばっちり。指定席なのですが、せきには座れないので車イス席にいるとすぐに先生が家族分のいすを運んできてくれました。ありがたいことです。
保育園の発表会を見るのは2回目。2歳のときも見ました。先生を見ながら動いていた彼らは自分達でフォーメーションを変えながら踊っています。年長さんになると跳び箱や鉄棒、側転、大縄の披露。拍手できない手がもどかしくてもどかしくて。なみだものでした。

何だかんだ親目線より教師目線でついつい見てしまう行事。発達障害と言われる子どもたちも数名いました。
ステージの後ろの絵が気になりすぐに走ってステージ後ろにいって跳び跳ねる女の子。気が済むと自分のところに戻ってきます。でもだいたいは先生に腕を引っ張られて戻されてしまいます。他の役の子どもたちが丸くなって走り回ると楽しそうに見えたのでしょう。一緒にそれは気持ち良さそうに走り回ります。その姿は決してステージをじゃましていなくて彼女の走りは微笑ましささえ会場にありました。それは同じ役でとなりにいた女の子がいたからかもしれません。きっと先生たちは彼女が走り回る予防策として同じ役の子どもと手をつながせたのです。他の役の子どもたちは同じ役でも手は繋いでませんでした。手を繋いだ3人は役の出番のときは手を繋いだままきっちり役をこなし真ん中の彼女も嬉しそうです。その手を離そうとすると両脇の二人が無理に止めたりせず、走りにいかせるのです。そして帰ってきたらまた手をさしのべます。その手に彼女も手を伸ばします。その絶妙さが彼女の劇を支えていました。
よく頑張ったねーと親でも先生でもない私が抱き締めてあげたくなりました。
0歳から6歳の子どもたち、そして先生たちお疲れさまでした。

甥っ子はニコニコで帰ってきましたが、焼き肉を食べに行ったお店についたら寝てしまいました。よく頑張ったね!

帰り道は車で帰りました。両親は私が車に乗るたびに重たい車イスを車に乗せ、私の乗り降りをやってくれました。
慣れたと言っていましたが本当にありがたいことです。両親ももう若くありません。車椅子ごとのれる車の購入も考えようかと思っています。

正直病院にはかえってきたくありませんでした。泣きました。でも、家にいることもとても難しいとかんじ、特に母に負担がかかり両親の暮らしが心配です。甥っ子にはまだ手がかかり姉も精一杯です。

もう少しのリハビリは私の身体を一歩進ませてくれるかもしれません。それを信じ今は病院でできることに精一杯やっていこうかと心新たにしました。

できることも分かりました。やってくれる家族もいます。その家族を大切にして過ごしていこうと思います。

一歩前に進むために。
チャレンジャー生活はまだまだ続きます。






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