春愁




「いいですか、お出かけになったり無理したりしないでくださいね。3日間、お家で安静にしていてください。くれぐれも…
" うっせーな、くどいんだよ! "
とは言わなかったけれど、そっから先は聞いていなかった。
正月も帰れなかったし、数値も安定しているし、土日は検査もできないし、一時帰宅のお許しがおりた。
女房には
「ちょっとくらいなら出かけてもいいみたいだから上野、顔真卿行こう。往復、車なら疲れないし」
「いいの?」
「いいに決まってんじゃん、何のための一時帰宅だよ」

日曜日の昼前、暖かくなってからタクシーで上野の国立博物館へ。
着いて驚いた。
入館まで90分待ち、お目当ての祭姪文稿はさらに中で100分待ちだとか。
日本人はこんなに顔真卿、好きだったのかって思ったら、周りは皆中国人っぽい。
一連の顔真卿の作品は、蒋介石が中国共産党と絶縁した時に北京博物館から持ち出した中国の国宝級逸品。
今回の作品も故宮博物館から貸し出されたものだ。
台湾への渡航を許されない中国人にしてみれば、偉大な名筆と巡り会える千載一遇。
気合いの入り方が違う。

長蛇の最後尾について30分ほどで膝がガクガク、痛い、つらい。
30分も立っているのって2年ぶりくらいだろう。
先頭ははるか向こう、まだまだだ。
女房が
「ちょっと行ってくるね」
って私の手帳を持って入り口の方へ。
中国人達の前でズルみたいなことはしたくないなって思っていたけれど、彼女は車椅子を押す係員と一緒に戻ってきた。
「やだよ、俺」って言う私を無言の圧力で車椅子に座らせて
「どうぞ、こちらです」係員の案内で後ろめたさmax のまま、ゲートをくぐった。
「あのぅ、祭姪文稿はすみません、お並びいただきます」
「だいじょぶです、全然」

王羲之、智永、虞世南…途中から車椅子を降りて、観覧者の群れをかき分けて夢中で進み始めた。
一人も一点も見過ごしたくなかった。
書にそれほど詳しいわけではないが、一文字一文字の各々の字先、横画、斜、縦、流れ、連なり、筆峰の名残、全てが恐ろしいほどの威圧を持って迫って来る…作品と呼ぶような生易しい代物ではない。
こいつらは生きている。
紀元8世紀、気が遠くなるような太古の昔に、欧陽通が、王元崇が孫過庭が生命を注ぎ込んで創り上げた生き物達がそこにどっかりと腰を据え、語りかけてくる。
李公麟 " 私が生きた証をじっくり見るがいい"
董其昌 " 生生世世の息吹きが聴こえるだろう"
米芾 " 日の下はまさに微々そのもの "

まわり始めて2時間、ようやく顔真卿にたどり着いた。
足はもう動かない。
くたくただった。
全ての精気を使い果たしていた。
車椅子にぐったりと倒れ込んで動けない。
「もう、今日はここまでにしましょ」
バカ言っちゃいけない。
顔真卿の魂に触れずに帰るなんて考えられない。
「ちょっと休んだら行くよ」

10分ほど休んでから顔真卿の間に入った。
王琳墓誌、郭虚己墓誌、千福寺多宝塔誌、東方朔画賛碑…
全く違う。
全く違って見える。
近いと言えば則天武后の筆に近い。
でも迫力は全く別物。
叫んでいる。
絵画や彫刻なんかよりずっと主張が強い。
これが読めたらなあと思う。
音声ガイドは通り一遍の解説ばかり、知ってるわ、そんなこと。
音声を切って顔真卿の叫びに耳を傾ける。
一筆一筆が嘆きを、歓喜を、怨嗟、忿怒、ありとあらゆる情動、そして躍動していた。

祭姪文稿は顔真卿の8つ目だった。
待ち時間は70分に縮まっていたが、列に並んだ頃にはまた疲労困憊。
でもそれがそこにあると思うだけで勇気が湧いてくる。
車椅子だし、70分くらい楽勝って思った時、
前に並んでいた若い中国人カップルが、何か話しかけながら私の車椅子を前に押した。
" あなたが優先ですよ " というつもりなのだろうか、前の方に並んでいた中国人達にも声をかけて、私はスルスルと前へ前へ、一人一人にお礼を言う間もなく先頭まで来てしまった。
「ありがとうございます、すみません」
恥ずかしさと申し訳なさで、家内と共に小さく日本語でお礼を言うのが精一杯だった。
先を譲ってくれた、韓国、中国、日本人に感謝しつつ、祭姪文稿と向き合った。
…痛々しい
何よりそう思った。
王承業の裏切り、顔杲卿、季明親子の惨殺。
語られてきた悲史や彼の無念、悲痛な思いよりも、1300年後の私達に晒された生身の彼が気の毒で哀しかった。
「なんか、悲しいね。心が痛むっていうか」
「そうね、本当に。これ、お披露目するために書いたわけではないんですもの、でも…好きだわ、華麗なの、柔らかくて優しくて、肉筆の行書を見なければ本当の顔真卿はわからないわ」
ため息をついた。
学生時代に蘭亭書やこの祭姪文稿を手本に何度も臨書を繰り返したらしい。

祭姪文稿を過ぎるともう順路が滞ることはなかった。
最後に顔氏家廟碑の前で手を合わせて、顔真卿の間を後にした。
ここまでが限界だった。
残りの二つの会場を回るだけの余力は私にはもう残っていなかった。

車の中で図録の祭姪文稿を膝の上に広げた。
" 蘭玉たり" の後 " 毎に人心を慰め " の前に四つの漢字が消され、" 誠を尽し " の前も二文字。" 賊臣は救はず " の前は六つ。
消された漢字、書き直された漢字を追っていくうちに涙がこぼれそうになった。
これは彼の、彼なりの戦いだった。
にもかかわらず、力任せではなく、むしろ華奢に見えるほど艶やかだった。
メトロポリタンで初めて糸杉を見た時と同じ感動が込み上げてきた。
「冥土のっていうわけではないけれど、二度と見られない神品だよ、これは」
「何を言ってるの、元気になればいつでも台北に行けるでしょ。故宮に行けばいくらでも毎日でも見られるわ。外雙渓沿いがいいかしら?至善園の近くかな?私の退職金で小さなアパートを買いましょ。安い中古よ。気候もいいし向こうに住むのもいいわね」

いつも前向き、心が踊るようなことを考えてくれる。
彼女の笑顔の向こうで春の緑も、暖かくなった日差しを喜ぶかのように、にっこりと微笑んでいた。
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