多摩ゼミナール-8-

病院改革はやってみたいこと、できそうなことがまだいくつもあった。
医師、看護師、事務スタッフの意識改革、待合室、診察室のリニューアル、診療科の増設、借入金と担保の見直し、補助金の新規申請など数え上げるときりがなかった。
しかし、どれ一つをとっても片手間でできることではなかった。
塾の負担を減らさなければならない。

家内の提案を入れることにした。
5つの塾の中で一番手間がかかり、自宅から遠い桜ヶ丘校と比較的運営が楽な東府中校の2校を独立採算にすることにした。
毎月、定額の小作料を払えば後の経営は好きにしていいという約定を作って、桜ヶ丘は落合に東府中は茅野に任せた。
2人とも開設以来の講師で、落合は当時31歳、茅野はまだ30前だったと思う。
「好きなようにやっていいから、利益はあなた方の取り分になる。俺だって今の君らより若い頃に一人手探りで始めたんだから、できないことはないと思うよ。わからないことは何でも聞いてくれていい、全部に答えられるかどうかはわかんないけど」
少し突き放すような口調でそう言った。
2人は不安そうだったけれど、おそらく年収は5倍くらいに増えたはず。
チャンスだと思う気持ちはあっただろう。

正直言って未練はあった。
特に桜ヶ丘は分倍河原に続く2つ目の教室、苦心の作品だった。
競合の多い地域で、他の塾に負けないように11時、12時まで授業をすることも度々だった。
夏期講習の時は私も落合も分倍河原と掛け持ちで、短い昼休みの間に移動した。
春期や冬期の講習では1日10コマの授業をこなしたし、文字通り年中無休で教室を開け続けて、現在の信頼を勝ち取った。
桜ヶ丘教室は開設8年目にして、大手塾にも一目置かれるような優良塾に仕上がっていると思っていた。

でも仕上がっていると思う気持ちに驕りがあった。
毎年新しい受験生を迎えるこの仕事は毎年が新たな勝負の年。
仕上がるなんていうことはあるはずがなかった。
たぶんそんなことを考える余裕がないほど、私は追い詰められていたんだと思う。
今にして思えば桜ヶ丘を落合に任せたのは重圧からの逃避だった。
企業家としての経験が11年。
まだ30数年しか生きていなかった。



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