ハームキヤ(21)




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花巻市内の宮沢賢治関係箇所




 宮沢賢治は詩や童話の中で、花巻を「ハーナムキヤ」「ハームキヤ」「ハームキャ」「ヒームキヤ」などと呼んでいました。






『黒ぶどう』と昌歓寺






「仔牛が厭
(あ)きて頭をぶらぶら振ってゐましたら向ふの丘の上を通りかかった赤狐が風のやうに走って来ました。

 『おい、散歩に出ようぢゃないか。僕がこの柵を持ちあげてゐるから早くくぐっておしまひ。』

      
〔…〕

 そして二人は樺林の中のベチュラ公爵の別荘の前を通りました。

 ところが別荘の中はしいんとして煙突からはいつものコルク抜きのやうな煙も出ず鉄の垣
(かき)が行儀よくみちに影法師を落してゐるだけで中には誰(たれ)も居ないやうでした。

 そこで狐がタン、タンと二つ舌を鳴らしてしばらく立ちどまってから云ひました。

 『おい、ちょっとはひって見ようぢゃないか。大丈夫なやうだから。』

      
〔…〕

 赤狐はさっさと中へ入りました。仔牛も仕方なくついて行きました。ひひらぎの植込みの処を通るとき狐の子は又青ぞらを見上げてタンと一つ舌を鳴らしました。仔牛はどきっとしました。

 赤狐はわき玄関の扉
(と)のとこでちょっとマットに足をふいてそれからさっさと段をあがって家の中に入りました。仔牛もびくびくしながらその通りしました。

      
〔…〕

 『この室へはひって見よう。おい。誰か居たら遁げ出すんだよ。』赤狐は身構へしながら扉をあけました。

      
〔…〕

 狐はだまって今度は真鍮のてすりのついた立派なはしごをのぼりはじめました。どうして狐さんはあゝうまくのぼるんだらうと仔牛は思ひました。

 『やかましいねえ、お前の足ったら、何て無器用なんだらう。』狐はこはい眼をして指で仔牛をおどしました。

 はしご段をのぼりましたら一つの室があけはなしてありました。日が一ぱいに射して絨緞の花のもやうが燃えるやうに見えました。てかてかした円卓
(まるテーブル)の上にまっ白な皿があってその上に立派な二房の黒ぶだうが置いてありました。冷たさうな影法師までちゃんと添へてあったのです。

 『さあ、喰べよう。』狐はそれを取ってちょっと嚊いで検査するやうにしながら云ひました。

      
〔…〕

 『ではあれはやっぱりあのまんまにして置きませう。』といふ声とステッキのカチッと鳴る音がして誰か二三人はしご段をのぼって来るやうでした。

 狐はちょっと眼を円くしてつっ立って音を聞いてゐましたがいきなり残りの葡萄の房を一ぺんにべろりとなめてそれから一つくるっとまはってバルコンへ飛び出しひらっと外へ下りてしまひました。仔牛はあわてて室の出口の方へ来ました。

 『おや、牛の子が来てるよ。迷って来たんだね。』せいの高い鼻眼鏡の公爵が段をあがって来て云ひました。

      
〔…〕
宮沢賢治『黒ぶだう』より。





「賢治寓話『黒ぶだう』は,仔牛が赤狐に誘われ,ベチュラ公爵別荘にわき玄関から入り,二階で黒ブドウを食べる。狐はブドウの汁を吸って他は吐き出し,仔牛は種まで噛む。公爵たちが帰ってきて,狐は逃げ,残された仔牛はリボンを貰う。

 この話の公爵別荘のモデルは花巻市街に現存する菊池捍
(まもる)邸であることが明らかとなった。菊池邸は1926年に建てられ,外見は洋館,中が畳敷きの和室で,花巻出身で北海道清水町の明治製糖工場長であった捍氏が建主である。北海道の洋館建築の様式をとり入れつつも,武家住宅の伝統を受け継ぎ,洋館には無いはずの本玄関と脇玄関を付けた。

 賢治が仔牛たちは『わき玄関』から入ったと書いているのが菊池邸をモデルとした証拠である。この建物は他にも『黒ぶだう』の別荘と合う点が多い。菊池捍邸が賢治作品の創作の秘密を解く鍵として極めて重要なことがわかったが,建物自体も大正期の洋風建築として価値の高いものであり,保存保全が望ましい。」

米地文夫,木村清且「賢治寓話『黒ぶだう』の西洋館モデルとしての花巻・菊池邸の発見」in:岩手県立大学総合政策学会『総合政策』,8(1),2006.抄録



 寓意説によると、別荘が「樺林」で囲まれているのは“白樺派”を暗示し、「ベチュラ」もカバノキ属の学名(betula)。「ベチュラ公爵」は、白樺派の作家・有島武郎だとされます。有島は、所有農地を農民に解放したあと 1923年に心中自刹していますが、賢治がこの事件に衝撃を受けていたと思われることは、↓こちらで書きました:


∇ 関連記事⇒:〜ゆらぐ蜉蝣文字〜 7.11.6






 さらに寓意説によると、「ヘルバ伯爵」は、菊池捍の義兄・佐藤昌介。北海道大学(当時・東北帝大農科大学)の学長で、1924年に賢治が引率した花巻農学校の修学旅行一行を歓迎して、訓示を述べています。


∇ 関連記事(北大総長・佐藤昌介)⇒:
【札 幌 (3)】



 佐藤家は、代々花巻城に仕えた士族の家柄で、先代の昌蔵は南部藩大目付に任ぜられています。

 「ハームキヤ(17)」で訪ねた「清水観音堂」のある旧太田村には、佐藤家の菩提寺・昌歓寺があります。




昌歓寺 
花巻市太田





 ブドウを汁だけ吸ってタネと皮を吐き散らす「赤狐」は、佐藤昌介の妹を“初恋の人”として詠った島崎藤村だということになります。

 しかし、佐藤昌介がなぜ「ヘルバ」なのか、わかりません。「草の」を意味するエスペラント語の形容詞「ヘルバ(herba)」だとすると、「ヘルバ伯爵」は草野心平ではないでしょうか?



 ↑写真を見てわかるように、菊池邸の2階バルコンの下には、本玄関の屋根があって、狐ならばスルッとつたって逃げてしまえそうです。しかし、牛では、そうは行きません。バルコンに出ることもできないでしょう。梯子段のほうへ行って、昇って来る人間と出遭ってしまいます。しかし、牛がブドウのタネを吐くとは誰も思わないので、疑われずにすんでしまいます。

 賢治童話は、動物を寓話の人物として利用しているだけで、動物の生態や特徴をとらえていない、シートン『動物記』のような観察眼に乏しいと批判されることがありますが、この作品などを見ると、そうでもないんじゃないかと思えます。人間との関係、動物同士の関係を、けっこうよく観察していると思うのですが‥?






∇ つぎの記事⇒:ハームキヤ(22)

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