札 幌 (2)




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すすき野から真駒内へ






 札幌に残された宮沢賢治の“足跡”。

 今回は、ススキノから南北線沿線を南へ。







ムラサキセイヨウブナ
 北大植物園
西洋ブナの変種で、若葉が赤〜紫に色づく。
ドイツでは「血のブナ(ブルート・ブッヘ)」と呼ぶ。

ヘルマン・ヘッセの詩にも
ありますが、日本で実物を
見られるとは思いませんでした。


∇ 関連記事(ヘッセとブルート・ブッヘ)⇒:
《パヴィリオン》【詩文集(3)】






「夜は任意散策となせりしも結局職員に於て希望者を引率することとなれり。白藤教諭は市内に講演約ありて之に赴く。

 一同は電車によりて中島公園に至る。途中の街路樹花壇星羅燈影等「ビュウティフル サッポロ」の真価は夜に入りて更に発揮せられたり。

 一行数組に分れて端艇
〔ボート〕を借る。生徒等みな初めてオールを把れるもの、当初各艇みな蛇行す。他に市の学生の艇を操るもの数あり。皆笑ひて之を避け敢て冷罵を為すものなし。生徒等之を平原気風に帰せるも統計未だ足らざるを慮る。端艇を下りてより公園音楽堂にて歌唄す。旅情甚切なり。去りて殷賑の場所狸小路の夜店を観る。

 九時半帰宿寝に就く。器具よく備はり夢甚円かなり。」

宮沢賢治『修学旅行復命書』より。




すすき野・狸小路
 狸小路3丁目
現在はアーケードのある商店街ですが、
もともとはこの 2-3丁目あたりの夜店
からはじまったそうです。




中島公園 
菖蒲池
札幌駅から地下鉄で3つ目、「すすき野」
の次の駅にある市民の憩いの場。藻岩山を
背景に、落ち着いたたたずまいを見せています。




中島公園 
菖蒲池

現在でも、ボートの貸し出しをしています。賢治が修学旅行で
来た当時と、そんなに変っていないのではないでしょうか。







野外音楽堂と拓殖館 
中島公園
絵葉書 札幌市中央図書館蔵

撮影時期不明ですが、
通行人の服装からみて
大正以前でしょう。



 「拓殖館」は、北海道開拓の歴史を記念し展示している博物館で、俗に「植民館」とも呼ばれていました。賢治たちは、翌日(札幌2日目)に見学しています↓



「廿一日(札幌市、苫小牧、)

 本日も亦快晴なり。七時半旅舎を発し

 札幌麦酒会社に赴く。
〔…〕


 
〔…〕電車に乗じ中島公園

 植民館に赴く。中に開墾順序の模型あり。陰惨荒涼たる林野先づ開拓使庁官によりて毎五町歩宛区劃を設定せられ、当時内地敗残の移住民、各一戸宛此処に地を与へらる。然も始め呆然として為すなく、技術者来り教ふるに及んで漸く起ちて斧刀を振ひ耒耜を把る。近隣互に相励まして耕稼を行ふ。圃地次第に成り陽光漸く遍く交通開け学校起り遂に楽しき田園を形成するまで誰か涙なくして之を観るを得んや。恐らくは本模型の生徒将来に及ぼす影響極て大なるべし。望むらくは本県亦物産館の中に理想的農民住居の模型数箇を備へ将来の農民に楽しく明るき田園を形成せしむるの目標を与へられんことを。」

宮沢賢治『修学旅行復命書』より。





 生徒たちが飛び入りで合唱を披露して市民の喝采を受けた「音楽堂」、また、開拓の歴史に深い感銘を受けた「拓殖館」、どちらも今はありません。

 じつは、建っていた場所や取り壊された年代も、はっきりしないのですが、手に入る資料を検討して推定した場所は、↓ここです。




中島公園 
菖蒲池

拓殖館と音楽堂は、
正面対岸の、いまは林に
なっている場所にありました。






 中島公園の「拓殖館」を、賢治の『復命書』は「植民館」と呼んでいます。白藤教諭の日記では「拓殖館」になっています。

 当時「植民」「植民地」という言葉に宮沢賢治(のみならず当時の日本人のかなりの部分)が抱いていたイメージと内容を、ここに見ることができます。それは、“開拓”とほとんど同義語だったことがわかるのです。

 もっとも、有島武郎の文章で見たように、「植民地」という語には、“未開”“強権”“武断”といったイメージが付きまとっていました。また、展示を見ての賢治の感想↑にもあるように、その“開拓”とは、開拓民が自ら率先して行なうというよりは、技術官吏に統率指導されてのことでした。

 宮沢賢治も、じっさいに自分が営農を始めるまでは、農民自身よりも、農民を指導する技術者・官僚を中心に農業を考えていたように思われます。

 このあと 1926年に農学校を退職して『羅須地人協会』を名乗り、農村活動を始めるにあたって、わざわざ人の耕さない川沿いの荒れ地を開墾しているのも、賢治本人としては、「植民」「開拓」を“指導者”自ら率先して行なってゆくつもりであったと見るべきでしょう。

 客観的に端から見れば、猫のひたいのような狭い自耕地の開墾にすぎませんが、本人の頭の中では壮大にイメージしていたのだと思います。そう考えてこそ、無理をして身体を壊してまで開墾をしたこと、『協会』の活動に多分に空想的な面が見られること、そして、最後には自他ともに思い通りにはいかず挫折したあとの落胆も大きかったことなど、理解できると思うのです。

 じっさいには農業の主役にほかならない農民から理解されないという「そのまっくらな巨きなもの」にぶつかった衝撃は、それだけ巨大なものであったことが理解できるのです。



∇ 関連記事(〔みんな食事もすんだらしく〕)⇒:
【ハームキヤ(17)】




 私たちはここにくるまでに、有島武郎の『カインの末裔』や、小林多喜二の『不在地主』を読んで、北海道開拓には“光”の面だけでなく“影”の面もあったことを見てきました。恵まれた者にはますます明るく、不遇な者にはいよいよ暗い、権力に近い者には明るく、遠い者には暗い開拓史があったことを知っています。

 宮沢賢治は、この修学旅行の時点では、開拓史の明るい面に希望を託して、故郷の岩手にも“開拓の精神”を導入できないかと考えています。“開拓の精神”は“植民の精神”でもあったのだと思います。

 しかし、教員退職と、自耕地の開墾という経験を経た数年後には、開拓の、そして当時の農村社会全体の暗い面にも眼を注ぐようになります。前回とりあげた口語詩「札幌市」では、


      
〔…〕

 わたくしは湧きあがるかなしさを

      
〔…〕

 開拓紀念の石碑の下に
 力いっぱい撒いたけれども
 小鳥はそれを啄まなかった


『春と修羅・第3集』より#1019, 1927.3.28.「札幌市」〔下書稿(三)〕



 と書いていました。また、同様に北海道・サハリン旅行の思い出を書いた詩「宗谷(一)」でも、


      
〔…〕


 丘の上のスリッパ小屋に
 媼ゐてむすめらに云ふ
 かくてしも畑みな成りて
 あらたなる艱苦ひらく


『文語詩未定稿』より「宗谷(一)」〔下書稿(二)手入れ〕1931-1933?



 と書いています。

 そして同時にこの間には、同棲生活の試みとその失敗という経験を通して、同性愛者としても人知れず成長を遂げていたのです。



∇ 本記事はこちら⇒:
〜ゆらぐ蜉蝣文字〜【72】宗谷(一)









ラーセン農場跡 
真駒内五輪記念公園

真駒内は、札幌冬季オリンピック(1972)
の主会場でした。選手村の跡地が
「五輪公園」になっていますが、
ここはかつて、北欧式農業のモデル
農場だった場所でもあります。



「北海道第二期拓殖計画で有畜農業を推進するために、大正12年(1923)から5年間、デンマークからモーテン・ラーセン一家が移住し、15ヘクタールの農場を開き、北欧型有畜農業の実生活をモデル的に実証した所です。

      真駒内連合町内会」

現地案内板



 1923年から 5年間といえば、ちょうど賢治が修学旅行生を連れてきた時に、ここにはモデル・ファームがありました。

 じつは、賢治もこの農場に注目していて、事前の計画では見学先の候補に入れていたようです。↓『農学生の日誌』に「デンマーク人の農場」とあるのが、ラーセン農場を指しているようです。

 いまなら札幌駅から地下鉄ですぐですが、当時は交通の便もなかったので、ここまで足を伸ばすことはできませんでした。






「一千九百二十五年五月六日

 今日学校で武田先生から三年生の修学旅行のはなしがあった。今月の十八日の夜十時で発って二十三日まで札幌から室蘭をまわって来るのだそうだ。先生は手に取るように向うの景色だの見て来ることだの話した。

 津軽海峡、トラピスト、函館、五稜郭、えぞ富士、白樺、小樽、札幌の大学、麦酒
(ビール)会社、博物館、デンマーク人の農場、苫小牧、白老のアイヌ部落、室蘭、ああ僕は数えただけで胸が踊る。五時間目には菊池先生がうちへ宛てた手紙を渡して、またいろいろ話された。武田先生と菊池先生がついて行かれるのだそうだ。」
宮沢賢治『或る農学生の日誌』より。
(原文は旧仮名遣い) 




トラピスト修道院 
渡島当別

トラピストも、見学先の候補には
入っていたようですが、断念して
います。当時はまだ鉄道がここまで
達していませんでした。






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