ハームキヤ(15)




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花巻市内の宮沢賢治関係箇所




 宮沢賢治は詩や童話の中で、花巻を「ハーナムキヤ」「ハームキヤ」「ハームキャ」「ヒームキヤ」などと呼んでいました。









ラジュウムの雁
(かり)






 花巻市西郊にある「花巻市文化会館」の周辺は、賢治の時代には“西公園”という通称で呼ばれ、「鼬幣稲荷神社」「藤沢町天満宮」のまわりに、森や沼地が広がっていました。『風の又三郎』の舞台となった「さいかち淵」もこの近く。1924年には、現在の「文化会館」と「ぎんどろ公園」の位置に、「花巻農学校」が移転して来ました。

 「鼬幣稲荷神社」は、賢治の同級生・阿部孝(英文学者となる)の実家で、賢治はここを舞台に3つの詩とエッセイ、多数の短歌を書いています。

 今回は、それらの作品に関係の深い神社の参道をたどり、材木町方面に向かいます。


∇ 関連記事⇒:
ハームキヤ(8) 西公園







地図(“西公園”附近)






鼬幣稲荷神社



「   訪 問

 うちけぶる 稲穂の面や
 森も暮れ  地平も暮れて
 巨いなる  秋のあぎとは
 ほのじろく 野をめぐりにき

 ながおもひ やぶれしをきき
 いそがしく おとなひくれば
 ながいへに 黄なる灯はつき
 水の音   いともしづけし

 杉むらは  まくろによどみ
 はゞたける 鳥のけはひを
 かなしみの さはふかかりし
 ああなれの つめたくわらふ

 社殿には  ゆふべののりと
 ながちちの ぬさやさゝげん
 ながはゝは 事なきさまに
 しらたまの もちひをなせる」

『文語詩稿五十篇』より〔ほのあかり秋のあぎとは〕〔下書稿(二)手入れ〕。



∇ 関連記事⇒:
宮沢賢治の《いきいきとした現在》へ 第5章






「    家

 おほいなる秋のあぎとは
 ほのじろく林をめぐり
 官(つかさ)の手からくのがれし
 社司の子のゆくゑ知られず

 社殿はゆふべののりと
 ほのかなる泉の声や
 そのはははことなきさまに
 しらたまのもちひをなせる」

〔ほのあかり秋のあぎとは〕〔下書稿(四)手入れ〕。



∇ 関連記事⇒:
宮沢賢治の《いきいきとした現在》へ 第5章






 〔下書稿(二)手入れ〕に「水の音 いともしづけし」とあり、〔下書稿(四)手入れ〕に「ほのかなる泉の声」とあるように、社殿の奥に小川が流れており、池があります。




鼬幣稲荷神社 




 現在では、神社の“表玄関”は南側にあり、池のあるほうは奥なのですが、神社の参道は、その池のほとりから北東の方向へ伸びています(↑地図参照)。おそらく、もともとは参道が花巻の中心部(城跡の周辺)から来ていたのでしょう。したがって、神社の“おもて”は北側にあったにちがいありません。

 しかし、ちょうど賢治の時代に、神社の南側に花巻電鉄が敷設され、そちらから来る参詣者が多くなり、戦後、電鉄が廃止された後も旧路線敷の道路はバス通りになったので、もっぱら南側が“おもて”になってしまったのではないでしょうか。



 神社から、参道を歩いてみます。この参道は、段丘の上から神社に向って下がる地形になっています。途中に鳥居があります。




鼬幣稲荷神社 
参道



「青ざめた薄明穹の水底に少しばかりの星がまたたき出し、胡桃や桑の木は薄くらがりにそっと手をあげごく曖昧に祈ってゐる。

 杜の杉にはふくろふの滑らかさ、昆布の黒びかり、しづかにしづかに溶け込んで行く。

 どうだ。空一杯の星。けれども西にはまだたそがれが殘ってゐてまるで沼の水あかりだ。

 『やっぱり袴をはいて行くのかな。』
 『袴どころぢゃないさ。紋付を着てキチンとやって出て行くのがあたりまへだ。』

 それご覽なさい。かすかな心の安らかさと親しさとが夜の底から昇るでせう。

 西の山脈が非常に低く見える。その山脈はしづかな家におもはれる。中へ行って座りたい。

 『全體お前さんの借といふのは今どれ位あるんだい。』
 『さあ、どれくらゐになってるかな。高等學校が十圓づつか。いまは十五圓。それ程でもないな。』
 『うん。それ程でもないな。』

 この路は昔温泉へ通ったのだ。

 いまは何條かの草が生え星あかりの下をしづかに煙草のけむりのやうに流れる。杜が右手の崖の下から立ってゐる。いつかぐるっとまはって來たな。

 『うんさうだ。だましてそっと毒を呑ませて女だけ殺したのだ。』

 この邊に天神さんの碑があった。あの石の龜が碑の下から顏を出してゐるやつだ。もう通りこしたかもしれない。

 ふう、すばるがずうっと西に落ちた。ラジュウムの雁、化石させられた燐光の雁。

 停車場の灯が明滅する。ならんで光って何かの寄宿舍の窓のやうだ。あすこの舍監にならうかな。

 『あしたの朝は早いだらう。』
 『七時だよ。』

 まるっきり秋のきもちだ。」




 東京から帰省して来ていた阿部孝を、鼬幣神社に訪ね、いっしょに神社のまわりを散歩している情景のようです。

 「杜(もり)が右手の崖の下から立ってゐる」風景や、ずっと下に見える花巻電鉄の「停車場の灯」は、参道から眺めているのでしょう。じっさいに行ってみると、賢治と孝は、ここを歩いたにちがいない‥‥と納得する風景に出会います。







鼬幣稲荷参道 
鼬幣稲荷神社を望む。
白い手すりのある坂が参道。神社は
鬱蒼とした杉の木立に囲まれています。




鼬幣稲荷参道
から 東南方の眺望
左端の木立ちが、藤沢町天満宮。
その右下のトラスは豊沢橋。




鼬幣稲荷参道 
天満宮の入口

「天神さんの碑」と「石の亀」があったのは、
このへんではないでしょうか。
現在では、天満宮の境内に移設されています
(↑「関連記事:ハームキヤ(8)」参照)



「     
〔…〕

 むかしわたくしはこの学校のなかったとき
 その森の下の神主の子で
 大学を終へたばかりの友だちと
 春のいまごろこゝをあるいて居りました
 そのとき青い燐光の菓子でこしらえた雁は
 西にかかって居りましたし
 みちはくさぼといっしょにけむり
 友だちのたばこのけむりもながれました
 わたくしは遠い停車場の一れつのあかりをのぞみ
 それが一つの巨きな建物のやうに見えますことから
 その建物の舎監にならうと云ひました
 そしてまもなくこの学校がたち
 わたくしはそのがらんとした巨きな寄宿舎の
 舎監に任命されました
 恋人が雪の夜何べんも
 黒いマントをかついで男のふうをして
 わたくしをたづねてまゐりました
 そしてもう何もかもすぎてしまったのです

   ごらんなさい
   遊園地の電燈が
   天にのぼって行くのです
   のぼれない灯が
   あすこでかなしく漂ふのです」

宮沢賢治『詩ノート』より #1057, ?.5.7.〔古びた水いろの薄明穹のなかに〕。


 「この学校」とは、1924年にここに移転した花巻農学校、「神主の子」はもちろん、鼬幣神社の宮司の子・阿部孝です。「遊園地」は、1925年ころ創設された花巻温泉。しかし、花巻温泉は、このあたりからでは、山の陰になって見えないと思うのですが。。。 設定にフィクションがあるかもしれません。

 「恋人が雪の夜何べんも/黒いマントをかついで男のふうをして/わたくしをたづねてまゐりました」とあるのはフィクションではありません。家族の回想によると、1925年1月頃、賢治は農学校の寄宿舎に毎晩寝泊まりして(ここの舎監は誰とは決まってなくて、教諭が交代でやっていました)家にはほとんど帰らなかったそうです。そして、注意してほしいのですが、「男のふうをして」とは書いてありますが、女だとは書いてありません。‥そこが、賢治さんのずるいところですw

 この「恋人」とは、年下の男性でした。その「恋人」自身が、戦後の宮沢賢治の研究会で、“つきあい”の経緯を報告しているのです。

 しかし、その詳しい紹介は、ギトンの調査がもう少し進んでからにしたいと思いますw




∇ 参考記事⇒:
ゆらぐ蜉蝣文字 いんとろ【8】






 さて、そのまま参道を上って行くと、材木町の「地蔵寺」に突き当たります。「地蔵寺」は、賢治の時代には火葬場がありましたが、1922年、とし子の葬儀の際には、ちょうど火葬場が火事のあとで使えなかったので、その隣りの池のほとりで火葬をしています。




地蔵寺

ここは、とし子を火葬した場所。




「どうしたことか、焼き場が火事を出して焼けてしまったということで、としさんは焼き場の野天の下で火葬にしました。賢さんたちはナムメョウホウレンゲキョウとおだいもくをとなえつづけました。棺の上には、枯れた萱をのっそりと山のようにつんで、火をつけました。美しくやさしいとしさんを焼くのには、ふさわしいような美しい火が燃えて、白いけむりも、もうもうと立ちました。」

森荘已池『宮沢賢治の肖像』,p.156.


∇ 関連記事⇒:ゆらぐ蜉蝣文字 6.1.18



 なお、葬儀は浄土真宗・安浄寺(↑地図参照)で行われました。安浄寺から地蔵寺まで、東北本線の線路をはさんで 500メートルほどの距離を、棺桶を数人で抱えて運んだそうです。

 賢治は、「宗旨が違う」と云って葬儀には参列しませんでしたが、棺桶を運ぶ段になると出て来て、持ち手に加わったと言います。






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