比 叡(7)




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比叡山に宮沢賢治の足跡をたどります。




一乗寺道






 1921年4月はじめ、宮澤政次郎・賢治父子は、比叡山延暦寺を訪れました。午後3時に根本中堂に到着したあと、大講堂と鐘楼、無動寺・大乗院を廻って、「白河道」ないし「白河越の道」から京都へ下山したと、諸氏の伝記は伝えています。

 そこで、前々回の「比叡(5)」までに、父子の足跡をたどってきたのですが、とくに無動寺から京都への下山路に不明の点が多い――ということがわかりました。諸伝記に云う「白河道」「白河越の道」とは、どの道のことなのか、はっきりしないのです。

 前々回の地図B↓を見ていただくと、桜茶屋の南で道は6本に分かれています。そのうち、BとEが有力だと、前々回には書いたのですが、その後、紙の本などをよく調べてみると、この地図には、当時(大正時代)主要に使われていた重要な参詣路が抜けていることが判りました。

 地図の@とAのあいだに、「一乗寺道」という参道があり、京都市内一乗寺(詩仙堂の近く。現在の叡山電鉄一乗寺駅)から「大鳥居」に上がっていたと云うのです。現在でも、廃道化した参道沿いに古い石標が並び、当時の往来をしのばせているといいます。

 宮沢父子の下山は、夕暮れ迫る時刻に急いで下って行ったわけですから、整備された楽な道を選んで歩いて行ったと思われます。当時もっとも往来のあった参道を抜かしてしまっては、探索は片手落ちになります。

 そこで、今回は「一乗寺道」を踏査してみました。父子が来たのとは逆に、京都の街から「大鳥居」に向かって上がって行きます。

 なお、今回も、とりあえずの踏査報告とさせていただきます。父子の下山路に関する最終的な考察と結論は、「あ〜いえばこーゆー記」のほうでする予定です。



∇ 参考記事⇒:比叡(5)


∇ 参考記事⇒:《あ〜いえばこーゆー記》
【宮沢賢治】旅程ミステリー:東海篇(2)







一乗寺・下
(さが)り松
叡山電鉄・一乗寺駅から徒歩約5分。曼殊院道にある四つ角。
正面の植え込みが「下り松」の生えていた跡。
向かい側の角(写真右上)に、
「左 ひゑい山」と彫られた石標が
半分アスファルトに埋もれて残っている。



 ↑ここが起点になります。説明板を見ると、「下り松」は、宮本武蔵にまつわる旧跡とのこと。「ちから石」だの何だの残っていますが、比叡山とは関係がないので素通りですw

 「下り松」から曼殊院道を曼殊院の方向へ歩いてゆくと、数分で↓下の四つ角に出ます。ここを右折すると「一乗寺道」です。







曼殊院道と、比叡山・一乗寺道との分岐点 
一乗寺堀ノ内町
まっすぐに行くと、曼殊院から修学院方面。
右に行くと比叡山「一乗寺道」。

↓石標の字の解読。
比叡山の無動寺弁天堂までつながっている参道です。
「葉山」の馬頭観音は、道の途中にあります。
石標の建築年代は書いてありませんが、明治時代でしょう。



「右 葉山馬頭観世音 道
   ひゑい山無動寺

 (側面)左 赤山道」







一乗寺道の途中 
一乗寺水掛町

道がカギ形に折れる場所で、
路傍に古い石標がありました。
農園の柵の中に取り込まれていますが、
一乗寺道の道標です。




一乗寺道の石標 
一乗寺水掛町

↓碑の解読。
路傍に立っていた時とは 90°回転してしまっているようです。
あるいは、昔の曲がり角は、この碑の手前にあったのか?



「左 辨才天道 從是
        四十一□」



 「弁財天道」とあって、無動寺弁天堂への参道です。「ここより四十一丁」。弁天堂まで 41丁。1丁は約109メートルですが、そう定められたのは明治24年のこと。それ以前は、正確に 109メートルではなかったでしょう。

 「□」は、地面に埋もれて見えない字。側面は遠くて読めず、裏面は道路から見えません。







一乗寺道の途中 
一乗寺坂端

道は、↑上の写真に撮っている川に沿ってしばらく遡ったあと、
急斜面をつづら折れで登って行きます。
現在ではところどころ路肩が崩れて狭くなっていますが、
もとは広くて安全な道だったことが想像できます。




「大鳥居」 
一乗寺掛橋
一乗寺道と白川道(無動寺谷)の分岐点。
本によると、この鳥居は「二之鳥居」にあたるとのこと。

「大鳥居」に到着しました。ここで、
「地蔵谷」から「北白川」へ下りて行く「白川道」と
「一乗寺道」が分岐しています。
宮澤父子は、画面白矢印のほうから下りて来て、
ここで白川道(赤矢印)か一乗寺道(黄矢印)の
どちらかへ行ったはずです。



 鳥居の柱に彫られた文字は、


「明治廿八年二月吉祥日」


 と読めます。明治28年(1895年)に建てられたものとわかります。ほかに、「発起人」一同の氏名などが彫り付けられています。

 鳥居脇の2台の燈籠には、どちらにも、


「十明院」

「辨財天」

「一巳組」


 と彫られています。

 地元で出版された山のガイドブックによると、京都市中から無動寺弁天堂への参道として、明治時代後半〜大正、昭和戦前期にかけて、主要に使われていたそうです。



 これで、「比叡(5)」で探索した「白川道」(Bの道)とつながったわけですが、まだ日は高いので、「白川道」(↑写真の赤矢印)に沿って、「地蔵谷」方面へ向かって行きます。




無動寺谷

「大鳥居」から「地蔵谷」(地蔵谷温泉,
バス停と不動堂がある)までの谷は
「無動寺谷」と呼ばれています。
おそらく、無動寺へ向かう参道が
ここを通っていたからでしょう。

現在では、かつて賑わった参道はほとんど完全に
崩壊してしまい、まるで手つかずのような
自然の渓谷風景がすばらしい桃源郷です。
しかし、よく見ると、流れの左右に平らな場所が
多く残っていて、かつては広い道があったことを
しのばせています。




無動寺谷 
石垣の跡?

どうやら、参道の石垣の跡らしい石組みを
見つけました。






 ここで、諸伝記の記載をあらためて参照してみることにします:



「帰途は裏に回って白川路を行くこととなりました。この道も京の方から来た巡礼姿の巡拝の女人に会ったほかは、誰にも会わず、淋しい道でありました。山を下る頃、既に黄昏
(たそがれ)になりまして

  
〔…〕

 水音のみの真暗い大原の町を過ぎ、京の出町柳から市電に乗って疲れた身体を三条小橋の布袋屋に投じました。」

(佐藤隆房『宮澤賢治』,第5版(改訂増補版),1970,冨山房,pp.70-72.)



「彼らは『白河越』の道を京都を目ざしてひたいそぎにいそいだ。
〔…〕根本中堂から大乗院、七曲がりの嶮を経、地蔵谷から銀閣寺の裏手の白川村の降り口まで一里三十余町ある。」
(小倉豊文「傳教大師 比叡山 宮澤賢治」, in:『比叡山』,復刊第31號(通刊256號),天台宗務庁,1957. ⇒宮澤賢治の詩の世界:父子関西旅行に関する三氏の記述



 小倉氏の記述は、「地蔵谷から銀閣寺の裏手」つまり北白川に下りたと、はっきり書いてありますから、「一乗寺道」ではなく、「白川道」に下りて無動寺谷を通って行ったと言っているようです。ただ、「『白河越』の道」という言い方に疑問があります。紙の本で調べても「白河越え」という道は存在しません。比叡山を越えて京都と琵琶湖方面を結ぶ古い峠路としては、「白鳥越え」「志賀越え」「山中越え」などがあります。これらの名前と「白川道」をごっちゃにしているのではないでしょうか?

 佐藤氏の記述は、「大原の町を過ぎ」としているのが大きな問題です。「大原」は、有名な三千院のあるところで、京都よりずっと北のほうなので、そこを経由することはありえないのです。しかし、この点も、今回の探索行で解明のヒントを見つけました。修学院駅付近に、「大原」と書かれた明治時代の道しるべの石標が立っているのです。これは、後日「あ〜いえばこーゆー記」のほうで詳しく書きたいと思います。

 その点も考慮すると、佐藤氏の記述は「一乗寺道」を下りたことを示唆しているように思われます。ところが、佐藤氏は、「白河路」(白川道?)とはっきり書いているのです‥

 そういうわけで、下山路の解明には、まだまだ多くの検討が必要ですが、それはのちほど「あ〜いえばこーゆー記」のほうで。。。。






 さて、無動寺谷の途中で、瓜生山方面の尾根の上に上がってみました。古くから「白鳥越え」と呼ばれた尾根で、山城の砦の跡が散在し、現在はハイキングコース(京都一周トレイル)が通っています。ここからは、京都市街がよく見えます。




京都の“七つ森” 
北白川城出丸跡付近から。

金閣寺付近で、ビルのあいだから覗いている丘を
苦労して撮影した“京都の七ツ森”ですが、
ここからは、ポッカリした形がよく見えます。
こんもりとした樹々におおわれた丘のつらなりは、
たしかに、岩手の「七つ森」を彷彿させます。
ただ、春霞がかかっていて
きれいに映らないのが残念でした。



      ※

 冴えわたり
 七つ森より風来れば
 あたまくらみて
 京都思ほゆ。

『歌稿B』#622.


∇ 本記事はこちら⇒:キオート(10)





∇ ひとつ前の記事⇒:比叡(6)




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