キオート(9)




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京都をエスペラントで「キオート」と言います。

京都での宮沢賢治の足跡をたどります。








インクラインと南禅寺






蹴上
(けあげ)インクライン
インクライン軌道下のレンガ造アーチ






「八時宿を出で京津電車にて大津に向ふ。山科の辺を過ぐ。大石良雄に有名たり名所旧跡亦多し
〔…〕
     
 帰りは二途に別れた。吾々は電車で大津に其れから和船で疎水を下つた。

 疎水の三つのトンネル明治十五年頃の工事としては大事業であつたと思はれた。有名なるインクライン南禅寺を見て宿に帰つたのが六時他の途を通つた一行も最早帰つて居つた。」

(「農学科第二学年修学旅行記」「二十六日(三木敏明執筆)」, in:『校友会会報』,第31号,1916年7月;『新校本全集』14巻・校異篇,pp.21-22.)



 大津方面からの「帰りは二途に別れた」うちの、執筆者三木の加わったグループは、「琵琶湖疎水」を船で下って、京都に戻っています。

 「琵琶湖疎水」は、琵琶湖の水を京都に引く人工水路で、「第T疎水」は舟運用の運河、「第2疎水」は上水道を取るための水路です。いずれも明治時代に完成していました。

 用途に応じて、「第2疎水」は大部分がトンネルの狭い水路ですが、

 「第1疎水」は、3か所だけトンネルで、大部分は地上を流れています。トンネルも、船の上の人や荷物が突っかえないだけの高さがあって、貨物舟のほか、観光客の舟遊びも盛んでした。




琵琶湖疎水とインクライン 
京都鉄道博物館
展示パネルに模式図を加筆。
(鉄道の表示は現在のものです。)

「琵琶湖疎水」は、大津の琵琶湖岸から
京都の南禅寺附近までが主水路。そこから
幹線運河は鴨川に沿って伏見まで伸びています。
支水路は、南禅寺裏の「水路閣」を通って
銀閣寺方面へ向っています。





琵琶湖疎水 
山科附近(1891年)
琵琶湖疎水記念館。
観光客を乗せた舟遊びの屋形船。






 大津にある琵琶湖岸の取水口から、京都東山の蹴上までは、ゆるやかな下りですが、そこから南禅寺の京都市動物園下までが急傾斜で、疎水は滝のように流れ落ちています。

 そこで、この蹴上〜南禅寺間の舟の上り下りのために造られたのが、「インクライン」という、舟専用のケーブルカーでした。




蹴上インクラインの全景
(模型)
琵琶湖疎水記念館。
左側の茶色い軌道がインクライン。
右側は市電軌道。手前の池が「南禅寺船溜り」。
左方は南禅寺の伽藍。


【註】↑上の模型を見て分かるように、南禅寺の伽藍は斜面の上のほう(蹴上)まで広がっているのですが、京都の人が地名として「南禅寺」と言う時には、いちばん下の「南禅寺船溜り」のあたりを指すことが多いのです。“南禅寺の門前”というような意味ではないかと思います。







蹴上インクライン 
台車と舟(復元)
蹴上船溜り・跡に展示。

インクラインの原理は、このように、
台車の上に舟を乗せて、鋼索ケーブルをつなぎ、
ケーブルカーと同じしくみで上下させるものです。







蹴上インクライン 
蹴上船溜り(1893年頃)
琵琶湖疎水記念館




蹴上インクライン 
軌道
「蹴上インクライン」は“ドライ式”インクライン。
疎水の水は、「蹴上船溜り」から「南禅寺船溜り」までは、
軌道のわきにある水路を流れ落ちています。

このインクライン軌道は、現在は使われて
いませんが、史跡として保存・公開されています。




蹴上インクライン 
南禅寺船溜り
正面は京都市動物園。
正面左の運河は、鴨川沿いに伏見まで続く。







南禅寺 
三門
1628年建立。






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