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剣舞(けんばい)のさと(1)




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 宮沢賢治の詩「原体剣舞連」は、岩手県江刺地方に伝わる“稚児剣舞”
(ちごけんばい。山間部の10代前半の少年たちが踊り子となり、夕刻〜夜間に里の村々に下りて演ずる)に取材したものです。


 詩のふるさとをたずねてみました。







旧・原体
(はらたい)








「原体剣舞連」詩碑
(上部)
奥州市江刺区 経塚山山頂







    原体剣舞連
(はらたいけんばいれん)

(mental sketch modified)

   

    dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

 こんや異装のげん月のした
 鶏
(とり)の黒尾を頭巾にかざり
 片刃
(かたは)の太刀をひらめかす
 原体
(はらたい)村の舞手(おどりこ)たちよ
 鴇
(とき)いろのはるの樹液(じゆえき)を
 アルペン農の辛酸に投げ
 生
(せい)しののめの草いろの火を
 高原の風とひかりにさゝげ
 菩提樹皮
(まだかは)と縄とをまとふ
 気圏の戦士わが朋
(とも)たちよ
 青らみわたる𤂖気
(かうき)をふかみ
 楢と椈
(ぶな)とのうれひをあつめ
 蛇紋山地に篝
(かがり)をかかげ
 ひのきの髪をうちゆすり
 まるめろの匂のそらに
 あたらしい星雲を燃せ

    dah-dah-sko-dah-dah 
〔…〕 

『春と修羅』より 「原体剣舞連」



∇ 本記事はこちら⇒:
〜ゆらぐ蜉蝣文字〜 4.14.1〜








旧・原体村 
奥州市江刺区田原
長根坂から俯瞰する。



 1917年9月、盛岡高等農林の学生だった宮沢賢治は、江刺郡地質調査の途上、同級生たちと、この地を訪れ、村の鎮守の森か大きな農家の庭で行われた剣舞に遭遇したものと思われます。

 ↓下の地図を見てもわかるように、旧・原体村は、まわりを丘に囲まれた盆地状の地形をなしています。つまり‥ ここは賢治好みの“聖なる地”の条件をそなえた土地だったのですw







 原体剣舞連


 さまよへるたそがれ鳥に似たらずや青仮面
(あをめん)つけて踊る若者


 若者の青仮面
(あをめん)の下につくといきふかみ行く夜をいでし弦月

宮沢賢治『歌稿A』#604,605〔第一形態〕


 青仮面の若者よあゝすなほにも何を求めてなれは踊るや。

『アザリア』第3輯より。



∇ 本記事はこちら⇒:
〜ゆらぐ蜉蝣文字〜 4.14.9〜












奥州市江刺区・旧原体村周辺(地図)

「原体剣舞連」の詩碑は、旧原体村南東の小高い丘・
経塚森の頂上にあります。ここは、全国に数ある
賢治詩碑のなかでも、もっとも到達しにくい“秘境”
と言えますが、一見の価値あるモニュメントでもあります。

以下では、あまり知られていないこの詩碑への
アクセスをご案内しましょう。



 詩碑へ行く道は、@江刺方面から旧・原体村の盆地に下りて、《分岐点A・B》から山道に入るルートと、A新幹線・水沢江刺駅から来て、《分岐点D》で山へ上がって行くルートの2とおりがあります。

 どちらも、分岐点から詩碑のある山頂までは、道が狭く悪路ですから、乗用車等では入り込めません。農作業用の軽トラックがかろうじて通り抜けられる路です。徒歩かバイクをお勧めします。

 公共交通機関を利用する場合、

 @の道順: 東北本線(在来線)水沢駅から岩手県交通バス「江刺バスセンター」行きで、終点下車。バスセンターで奥州市営バス「醍醐」行きに乗り、終点「醍醐」、または1つ手前の「稲荷」で下車。
(水沢江刺駅から江刺バスセンター方面へ行くバスは、極端に本数が少ないので、利用できません)

 Aの道順: 新幹線水沢江刺駅からタクシーで「田原簡易郵便局」へ。車を降りて、郵便局の角を左へ入る。
(タクシーで詩碑まで行くのは無理です。歩きましょう!)









地点C

@の道順。《分岐点A》からの路と、《分岐点B》からの路が、
ここで出会います。《A》から来た場合は右折、《B》から来た
場合は左折して、細い山道に入ります。

《分岐点B》には、かつては詩碑への案内標木だったらしい棒が
立っていますが、字は摩滅して読めません。《分岐点A》は標識無し。
《C》の標木は、かろうじて一部読めますが、気をつけていないと
気づかずに行き過ぎて、もとのバス通りに戻ってしまいます。

 《C》から詩碑まで、ゆるい上り坂が続きます。上る一方です。
細い枝道にさえ入りこまなければ道迷いのおそれはない一本道。
車のわだちがはっきりした路をたどってください。




経塚森

頂上が見えました。まわりは牧草地に
なっていて、遠くからでもよく見えます。
頂上の右で横を向いている石が詩碑。

白丸は、案内の標木。ここまで来ると、
一帯は、きれいに整備されていて、
地元の方々の熱意が感じられます。









分岐点D
 田原簡易郵便局(左手前の建物)

道順A。新幹線「水沢江刺」駅から直接、詩碑へ
向かう場合には、この分岐点で左の山道に入ります。



 《分岐点D》から上がる場合、約50mで最初のY字路にぶつかり、右折。その後は、詩碑まで一本道です。わだちのはっきりしない枝道には、入りこまないように。

 こちらの山道は、ゆるいアップダウンがありますが、たいしたことはありません。展望がよいので気持ちよく歩けます。

 帰りはタクシーを呼ばずに、水沢江刺駅まで歩くも良し。路が広く、大部分に歩道があるので、交通の危険はありません。








経塚森
(191.9m) 山頂の全景

左が詩碑。右の土盛り(木立ちの根元)の上には、
「経塚」の碑と三角点標石がある。




「原体剣舞連」詩碑 
経塚山山頂




   dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

 さらにただしく刃
(やいば)を合はせ
 霹靂
(へきれき)の青火をくだし
 四方
(しはう)の夜の鬼神(きじん)をまねき
 樹液もふるふこの夜さひとよ
 赤ひたたれを地にひるがへし
 雹雲
(ひやううん)と風とをまつれ

   dah-dah-dah-dahh

 夜風とどろきひのきはみだれ
 月は射そそぐ銀の矢並
 打つも果てるも火花のいのち
 太刀の軋りの消えぬひま
〔…〕

『春と修羅』より 「原体剣舞連」



「今年も、もう空に、透き徹とほった秋の粉が一面散り渡るやうになりました。

 雲がちぎれ、風が吹き、夏の休みももう明日だけです。

 達二は、明後日から、また自分で作った小さな草鞋
(わらぢ)をはいて、二つの谷を越えて、学校へ行くのです。

 宿題もみんな済ましたし、蟹を捕ることも木炭を焼く遊びも、もうみんな厭きてゐました。達二は、家の前の檜によりかかって、考へました。

 (あゝ。此の夏休み中で、一番面白かったのは、おぢいさんと一緒に上の原へ仔馬を連れに行ったのと、もう一つはどうしても剣舞だ。鶏の黒い尾を飾った頭巾をかぶり、あの昔からの赤い陣羽織を着た。それから硬い板を入れた袴をはき、脚絆や草鞋をきりっとむすんで、種山剣舞連と大きく書いた沢山の提灯に囲まれて、みんなと町へ踊りに行ったのだ。

 ダー、ダー、ダースコ、ダー、ダー。踊ったぞ、踊ったぞ。町のまっ赤な門火の中で、刀をぎらぎらやらかしたんだ。楢夫さんと一緒になった時などは、刀がほんたうにカチカチぶっつかった位だ。

 ホウ、そら、やれ、 
〔…〕

宮沢賢治『種山ヶ原』より



 現在、北上市の“みちのく芸能まつり”などで行われる大人の剣舞も、また「えさし藤原の里」で上演される観光用の稚児剣舞も、お囃子のリズムは非常にゆったりとしていて、

 「ダーダーダーダー ダースコダーダー」

 とは、どうしても聞こえないのですw。

 ただ、コンクールに出場した北上翔南高校鬼剣舞部だけは、そのつもりで聞けば、「ダースコ ダースコ ダースコダーダー ダースコ ダースコ ‥‥」と聞こえます。

 こちらのページ下方のリンク↓から Youtube を聴いてみてください。


∇ 参考記事⇒:
原体剣舞連 ‐賢治の詩‐







詩碑から 水沢江刺駅、北上川方面を望む。






∇ 次の記事⇒:剣舞のさと(2)




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