ハームキヤ(5)




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花巻市内の『春と修羅』関係箇所



「ハームキヤ」とは、賢治語wで、花巻のことです。







羅須地人協会建物
(現・花巻農業高校内)
D「雨ニモマケズ」詩碑の場所にあった宮沢家別宅の建物。
1922年トシの療養場所、1926年改造して賢治が住居兼
“羅須地人協会”として使用しました。賢治没後、宮澤
家から買い受けた人がいて、現・花巻空港近くに移設さ
れていましたが、戦後、たまたまそこに花巻農学校(現
・花巻農業高校)が移転することになり、敷地に編入さ
れて保存されることとなりました。

現在は見学者に開放されており、中に入ることもできます。




羅須地人協会建物
(現・花巻農業高校内)
1階の集会室。
奥左にオルガンが見えます。




羅須地人協会建物
(現・花巻農業高校内)
建物前にある「農学校精神歌」の碑。
1922年。宮沢賢治が作詞し、曲は生徒の川村悟郎氏が作曲した
ものに、賢治と同僚教諭堀籠文之進氏が手を加えています。



     稗貫・花巻農学校 精神歌

 日ハ君臨シ 輝キハ
 白金ノ雨 ソソギタリ
 我等ハ黒キ 土ニフシ
 マコトノ草ノ 種マケリ

 日ハ君臨シ 穹窿ニ
 張リワタス 青ビカリ
 ヒカリノアセヲ 感ズレバ
 気圏ノキハミ 隈モナシ

 日ハ君臨シ 玻璃ノマド
 清澄ニシテ 寂カナリ
 サアレマコヲ 索メテハ
 白堊ノ霧モ アビヌベシ

 日ハ君臨シ カガヤキノ
 太陽系ハ マヒルナリ
 ケハシキタビノ ナカニシテ
 ワレラヒカリノ ミチヲフム 





C弥助橋
口語詩「饗宴」↓に詠まれた土橋工事の現場。

D
「下根子・別宅」のすぐ近くにあります。あん
まり近いので驚きました。こんな近くで部落総
出の工事をされたら、賢治も出て手伝わないわ
けにいかないのがよくわかります。



     〔…〕

 みんなは地主や賦役に出ない人たちから
 集めた酒を飲んでゐる

  ……われにもあらず
    ぼんやり稲の種類を云ふ
    こゝは天山北路であるか……

 さっき十ぺん
 あの赤砂利をかつがせられた
 顔のむくんだ弱さうな子が
 みんなのうしろの板の間で
 座って素麺
(むぎ)をたべてゐる

   (紫雲英
(ハナコ)植れば米とれるてが
    藁ばりとったて間に合ぁなじゃ)

 こどもはむぎを食ふのをやめて
 ちらっとこっちをぬすみみる

「饗宴」(#725,1926.9.3.,『春と修羅・第3集』)より






B工兵隊廠舎跡
「下根子・別宅」の近くにあって、陸軍工兵隊が使用して
いました。工兵隊の兵士や士官との接触は、いくつかの賢
治詩に描かれています。

現地の案内図によると、道路左側の黄色い
ひさしのある家のあたりと思われますが、
標柱が撤去されてしまったらしく、正確な
場所がわかりません。






早池峰山塊 
D「下根子別宅」跡から。

花巻周辺では、高い場所に上ると北東方に早池峰山がよく見えます。
左から、毛無森、鶏頭山、中岳、早池峰山、
(右に離れて)薬師岳。



 その早池峰と薬師岳との雲環は
 古い壁画のきららから
 再生してきて浮きだしたのだ

   色鉛筆がほしいつて
   ステツドラアのみぢかいペンか
   ステツドラアのならいいんだが
   来月にしてもらひたいな
   まああの山と上の雲との模様を見ろ
   よく熟してゐてうまいから

「栗鼠と色鉛筆」(『春と修羅』)より





早池峰山塊 
二枚橋(現・花巻農業高校近く)から。
左から、毛無森、鶏頭山、中岳、早池峰山。



 コバルト山地の氷霧のなかで
 あやしい朝の火が燃えてゐます
 毛無森
(けなしのもり)のきり跡あたりの見当です
 たしかにせいしんてきの白い火が
 水より強くどしどしどしどし燃えてゐます

「コバルト山地」(『春と修羅』)







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〜ゆらぐ蜉蝣文字〜 1.6.1




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