荒川の碧き流れに(2)




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荒川は、秩父山地の奥、埼玉・山梨・長野3県境に源を発して関東平野を縦断し、東京湾に注いでいます。下流では“隅田川”と呼ばれるこの河が、賢治と浅からぬゆかりで繋がっていることは、意外に知られていません。。。





荒川沿いの此処彼処、宮沢賢治の足跡をたどって行きます。





地図(荒川)

図中★印が“賢治の足跡”






秩父鉄道





 1916年9月2日から8日まで、関豊太郎教授らに引率された盛岡高等農林学校第2学年の一行は、秩父地方の荒川沿いで地質調査見学を行いました。

 9月3日、一行は、早朝に熊谷を出発して、最初の巡検地・寄居へ向かいます。










秩父鉄道
 永田・小前田間

秩父鉄道は、1899年“上武鉄道”として設立、
地元の資産家らが私財を投じて敷設を進め、
1901年熊谷〜寄居間で営業開始、1914年には
秩父駅(旧称・大宮)まで開通、1916年“秩父鉄道”と
改称しました(『ふるさとの想い出写真集 明治大正昭和 熊谷』,
p.41., 一部訂正)





秩父鉄道
 永田・小前田間
下北原陸橋から






 宮沢賢治らの一行は、9月3日朝、秩父鉄道に乗車して寄居へ移動しました。この日の日程が長く、巡検箇所が多いことから考えると、出発は朝早かったと考えられます。

 始発列車は、熊谷 午前6時05分発 でした。





 熊谷の蓮生坊がたてし碑の旅はるヾ/と泪あふれぬ。


 武蔵の国熊谷宿に、蠍座の淡々ひかりぬ九月の二日。


 はるヾ/とこれは秩父の寄居町そら曇れるに毛虫を燃す火。


 はるヾ/と秩父のそらのしろぐもり河を越ゆれば円石の磧。

宮澤賢治書簡[1916.9.5.保阪嘉内宛]



 ↑前日からこの日にかけて賢治が詠んだ和歌を並べてみると、このように、「はるばると」という句が何度も使われています。

 「蓮生坊」の歌の「はるばると」は、涙がはらはらと溢れるようすに通じます。掛け合わせのような一種の擬態語なのですが、そこには、作者の青年らしい感傷が、顔を覗かせています。。。




 賢治はなぜ、しきりに「はるばると」と、慨嘆しているのでしょう?

 故郷の岩手をなつかしがっているのでしょうか?


 たしかに、それもあります。たとえば、3番目の「寄居町」の歌にある「毛虫を燃す火」は、養蚕に関わるもので、岩手県にもある習慣だそうです:



「花巻近くの養蚕農家に尋ねたところ、桑の木に発生した毛虫をほろって(はらって)、よく焚き火で燃やしたものだ、という回答があり、賢治は初めてやって来た寄居町で、かつて桑摘みなどをしたふるさとの思い出を蘇らせたといえそうです。」

小川達雄「秩父路の空」,『賢治研究』,103号,2008.2.,pp.20-24.




 しかし、この歌の「毛虫を燃す火」という表現には、燃される虫の生命に対する慈しみとも嗜虐ともいえる感情が覗いています。。。





 9月2日までの東京滞在中の和歌からの流れを見れば、「はるばると」に込められた想いは、単なる望郷ではないことが感じられるのです:



 植物園

 八月も終れる故に小石川青き木の実の降れるさびしさ


 博物館

 歌まろの富士はあまりにくらければ旅立つわれも心とざしぬ


 上野

 東京よこれは九月の青苹果
(りんご)かなしと見つゝ汽車に乗り入る

『歌稿B』#346-349



 熊谷の蓮生坊がたてし碑の旅はるヾ/と泪あふれぬ。


 武蔵の国熊谷宿に、蠍座の淡々ひかりぬ九月の二日。


 はるヾ/とこれは秩父の寄居町そら曇れるに毛虫を燃す火。

宮澤賢治書簡[1916.9.5.保阪嘉内宛]




 返事の来ない相手に向かって、思いを込めた歌を送りつづける賢治の“せつない”感情が(⇒トキーオ(14))、「かなし」「はるばる」などの語に結晶しているように思われます。


 なお、「毛虫」の歌を、賢治は、高等農林の『校友会報』にも投稿していますが、『校友会報』掲載形では「はるばると」を除き、歌想もやや異なったものに変えています:


 毛虫焼く、まひるの火立つ、これやこの、秩父寄居のましろき、そらに。

『校友会会報』第32号



 賢治の“せつない悲しみ”を表現する「はるばると」は、あくまでも保阪嘉内ひとりに対する・賢治の私的なメッセージであったと思われるのです。






 上野から熊谷へ、翌日には熊谷から寄居へ、平野を横切って旅した車窓の眺めが、「はるばると」につながる感情を呼び起こしていることもあるでしょう。

 関東平野の眺めは、たしかに、賢治の故郷・北上平野と似ているのですが、違う点も多いのです。

 河岸段丘、点在する森、屋敷林など、両者に共通する景観もありますが、

 北上川の段丘はゆるやかで、段丘の下(川岸)にも街があるのに対し、荒川は台地を深く掘りこんで流れているために、人家は、みな段丘の上です。





荒川と寄居市街

鐘撞堂山頂から南方を望む 

寄居の市街地は河岸段丘の上にあり、
荒川は、段丘に深い谷を刻んで流れる。




 そして、関東では、平野も台地も、起伏が少なく平らで、四囲の山々は遥かに遠い───ひろびろとしているのです。





深谷市 荒川北岸 扇状地の展望
 北東方を望む
永田駅小前田駅間 黒田橋から




深谷市 荒川北岸 扇状地の展望
 北西方を望む
永田駅小前田駅間 黒田橋から





深谷市 荒川北岸 扇状地の展望
 南西方・秩父山地を望む
秩父鉄道 永田・小前田間 下北原陸橋から




深谷市 荒川北岸 扇状地の展望
 西方・秩父山地を望む
深谷市永田






∇ 本記事はこちら⇒:〜ゆらぐ蜉蝣文字〜




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