モリーオ(4)




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盛岡市内の宮沢賢治関係箇所



「モリーオ」とは、賢治語wで、盛岡のことです。






「今でも鉈屋町かいわいは、黒いオーバーを着た宮澤賢治がひょっこり出てきそうな町だ。城下町の名残を感じさせる盛岡町屋が連なり、藩政時代から続く『大慈清水』や『青龍水』という湧き水が地元の人々によって大切に使われているのもうれしいことだ。

 その一角、通称『寺の下』に住んでいた森荘已池さん(本名 佐一)を私が訪ねたのは、
〔…〕

牧野立雄『賢治と盛岡』,p.204 




盛岡市鉈屋町(地図)

大慈寺から北上川沿いの低地に下りたあたりに、
古い商家の立ち並ぶ“下町”がある。
地図で見ると、道路の両側に、間口の狭い建物が
まるで櫛の歯のように、ぎっしりと軒を連ねている。。。





盛岡市鉈屋町





盛岡市鉈屋町

夜遅くまで“大売出し”




盛岡市鉈屋町

古い町家が、よく残っている。




盛岡市鉈屋町

“大慈清水”。思わず咽喉を潤したくなる清冽な水だ。






「───宮沢です。花巻の宮沢です。森さんは、お宅ですか。───

 聴きなれない上あごの奥から出るようなバリトン風な声が店の門口でし、母が、

 ───はあ、居りあんす。───

と、答えているのがきこえた。

 私はどきっとして、目を据え、つばをのみこんだ。

 ───お客さんだ、佐一にお客さんだ。───

 母が、家の中に呼んだ。
〔…〕


 私の家は八百屋で、間口が二間、奥行が八間、畳の敷いてある数が九枚きりで、あとは店と台所であった。店に立った客から、飯台のまわりで大勢の家族が、飯を食べているところも、台所で洗ったりしているところも、丸見えであった。この家の中に、私は兄弟六人と父母、父の兄弟など、十二、三人の家族がいるのであった。」

森荘已池『店頭』より





盛岡市鉈屋町

森氏の実家もかくやと思わせる“やおや”が、
現役で営業している。







高松ノ池

岩手大学(盛岡高等農林)の北方にあり、盛岡市民の憩いの場。
江戸時代に川を堰堤(上田堤)でせき止めて造った人工湖。




高松ノ池

水鳥ともみじの風景が、心を和ませる。







∇ 本記事はこちら⇒:〜ゆらぐ蜉蝣文字〜




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